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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)75号 判決 1998年5月20日

神奈川県平塚市八重咲町19番-9-103号

原告

柴田逸雄

訴訟代理人弁護士

熊倉禎男

田中伸一郎

折田忠仁

同弁理士

村社厚夫

横浜市中区常盤町1丁目2番地

被告

シグマックス 株式会社

代表者代表取締役

渡邉和子

訴訟代理人弁理士

田辺恵基

主文

特許庁が、平成7年審判第11874号事件について、平成8年3月1日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

主文と同旨。

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「射出成形機の監視装置」とする特許第1687878号発明(昭和58年8月13日に出願した特願昭58-148243号の分割出願として昭和62年10月21日出願、平成2年9月3日出願公告、平成4年8月11日設定登録)の特許権者である。

原告は、平成7年6月1日、被告を被請求人として、上記発明の特許を無効とする旨の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成7年審判第11874号事件として審理したうえ、平成8年3月1日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決をし、その謄本は、同年4月22日、原告に送達された。

2  特許請求の範囲第1項に記載された発明(以下「本件発明」という。)の要旨

型を締めた状態で成形材料を射出する第1の工程と、射出成形終了後上記型を開く第2の工程と、上記型によって成形された製品を突き出し処理することにより取り出す第3の工程とを作業工程として含む射出成形サイクルにおける異常を監視する射出成形機の監視装置において、(a)上記射出成形サイクルにおける上記射出成形機の上記型の周囲の作業状態を撮像するビデオカメラと、(b)上記射出成形サイクルに含まれる作業工程の進行を表すタイミング指令信号を上記射出成形機から受け、当該タイミング指令信号に基づいて、上記ビデオカメラから送出されるビデオ信号のうち、当該ビデオ信号によって表される画像情報において所定の監視位置に所定の大きさをもつ監視領域に対応するビデオ信号部分を取り込み、当該取り込んだビデオ信号の積分値に対応するレベルを有する検出結果信号を出力する検出手段と、(c)上記検出手段から出力される上記検出結果信号の上記レベルを上記監視領域ごとに設定された基準値と比較して上記作業工程における上記射出成形機の作業が正常であるか否かを判定し、当該判定結果を表す判定信号を送出する比較判定手段とを具えることを特徴とする射出成形機の監視装置。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、請求人(本訴原告)が、本件発明を、特開昭55-15830号公報(審決甲第1号証、本訴甲第3号証。以下「引用例1」といい、そこに記載された発明を「引用例発明1」という。)、特開昭51-78123号公報(審決甲第2号証、本訴甲第4号証。以下「引用例2」といい、そこに記載された発明を「引用例発明2」という。)、産業開発機構株式会社の昭和55年9月10日発行の「映像情報1980年9・10月号」(審決甲第3号証、本訴甲第5号証。以下「引用例3」という。)「及び特開昭56-166680号公報(審決甲第4号証、本訴甲第6号証。以下「引用例4」という。)に記載されたものに基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定に違反して特許されたものであるから、無効とすべきものであると主張したのに対し、本件発明が、引用例1~4に記載されたものに基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではないから、請求人の主張する理由及び証拠によっては、本件発明の特許を無効にすることはできないとした。

第3  原告主張の取消事由の要点

審決の理由中、本件発明の要旨の認定、請求人(本訴原告)の主張の認定(審決書3頁17行~4頁12行)、引用例1の記載事項の認定(同4頁15行~6頁7行)、引用例2~4並びに参考資料1(特開昭56-98638号公報)及び同2(特開昭57-29438号公報)の各記載事項の認定(同7頁2行~10頁17行)、本件発明と引用例発明1との一致点の認定(同10頁19行~12頁18行)、相違点の認定の一部(同12頁20行~13頁4行)、相違点の判断の一部(同13頁12~20行)は、いずれも認める。

審決は、引用例発明1についての認定を誤る(取消事由1)とともに、本件発明と引用例発明1との相違点の判断を誤った結果、本件発明が進歩性を有すると誤認した(取消事由2)ものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  引用例発明1についての誤認(取消事由1)

引用例1に、「実施例では輝度センサーが結像媒体上に結像した可視の映像上に配されているが、この映像をセンサーを設ける位置と対応した位置を見ることができるようにしたモニター、ファインダー、等の手段によって見ることができるようにすれば、必ずしも可視の映像上に直接センサーを設ける必要はなく、上記結像媒体上には可視像を見る必要がない」(審決書5頁19行~6頁6行)と記載された実施例(以下「第2実施例」という。)について、審決が、「可動型の映像を結像媒体上に結像し、・・・その対応位置にモニター、ファインダー等を配し、・・・視認して・・・判定する装置」(審決書6頁9~18行)と認定したこと、「取り込む画像情報は『結像媒体の・・・対応位置に設けられたモニター、ファインダー等』から得られ、その出力は『・・・視認による判定』である」(同13頁5~9行)と認定したことは、いずれも誤りである。

なぜなら、引用例1は、第2実施例について、明確に「上記結像媒体上には可視像を見る必要がない」と記載しているのであり、可視像を見る必要がないということは、結像媒体上において可視像とする過程を省略して輝度を測定することを意味しており、モニター、ファインダー等は、このように可視像を示さない結像媒体上に輝度センサーを設ける場合に、その位置を画定するためのものとされているのである。

そして、引用例1(甲第3号証)に、「テレビのブラウン管あるいは光学装置の焦点板等の表面に結像された可動型の映像の所定の部分の輝度を型開き後と成形品突出し後に測定し」(同号証2頁左上欄2~5行)と記載されているように、「輝度センサー」は、光学装置の焦点板(結像媒体)にも設置されるものである。

したがって、引用例1の第2実施例は、光学装置の焦点板(結像媒体)の表面における可動型の映像の所定部分と対応する領域に、輝度センサーを設置して、可動型の輝度を検出し、射出成形機の可動型における異常を監視するものと解すべきであるから、審決は、引用例発明1を誤認して本件発明と対比したものである。

2  進歩性の判断誤り(取消事由2)

(1)  前示のとおり、引用例1の第2実施例は、光学装置の焦点板(結像媒体)の表面における可動型の映像の所定部分と対応する領域に、輝度センサーを設定して、可動型の輝度を検出し、射出成形機の可動型における異常を監視するものである。

この第2実施例では、光学機械がビデオカメラである旨が特定されていないが、引用例発明1で用いられる光学機械としては、ビデオカメラが当然想起されるのであり、光学装置であるビデオカメラの焦点板とは、CCD素子で形成される受像部が設けられている部分であることが明らかである。また、第2実施例の複数個の「輝度センサー」により検出される電気信号は、本件発明における監視領域に対応する受光素子により検出される電気信号と、同じかあるいはそれを含むものと解される。

この輝度センサーについて、引用例1が援用する特願昭53-40855号の公告公報(乙第3号証、以下「先願公報」という。)には、具体的なデバイスの種類としてCds、シリコンプルーセルが例示されている。ところで、本件発明のビデオカメラの撮像デバイスとしては、従来周知のCCD素子が用いられるが、前記の各デバイスは、輝度に対応した電気信号を出力する点で、本件発明のCCD素子と本質的に同一のものである(乙第1号証)。

したがって、引用例発明1の第2実施例は、光学装置であるCCDビデオカメラの焦点板の表面の所定領域に、輝度センサーであるCCD素子を設定して、可動型の輝度を検出するものも開示しているといえる。

(2)  ところで、引用例発明2には、射出成形装置に特定されてはいないが、いわゆる監視装置全般において、「ビデオカメラによって撮像し、そのビデオ信号のうち、監視領域に対応する信号を取り込んで積分することにより、当該監視領域の明るさを検出すること」が示されている。

したがって、当業者が、前示の引用例発明1の第2実施例に、引用例発明2に開示された、ビデオ信号のうち監視領域に対応する信号部分を取り込んで積分して輝度検出する技術を適用し、本件発明を想到することは、容易なことといえるのである。

また、仮に、引用例発明1の「輝度センサー」は、Cds、シリコンプルーセルに限定して解釈され、CCD素子を含まないとしても、引用例発明2に設けられた各CCD素子は、前示のとおり、引用例発明1の輝度センサーと同じく、明るさ(輝度)に比例した大きさを有する電気信号であるビデオ信号を発生するものであるから、この引用例発明2に開示されたCCD素子を、引用例発明1の輝度センサーとして用いることは、困難ではない。

被告は、引用例発明2に開示された積分技術を引用例発明1の射出成形装置の監視装置に結合することは、引用例発明2にその必要性の示唆がないから、容易でないと主張するが、当業者が、引用例発明1に引用例発明2の前記技術を適用することを考え、検討した場合、技術的には、単に光学装置としてCCDビデオカメラを採用し、引用例発明2のとおり輝度を検出すればよいのであり、そこに困難性は存しない。

(3)  さらに、審決は、本件発明が、「外来光等による雑音を低減することができ、一旦陰極線管上に画面を再現する必要をなくして装置の小型化を達成し得る。」(審決書14頁8~11行)という特有な作用効果を奏すると認定するが、引用例1の第2実施例の輝度センサーは、不可視像の輝度を測定するものであって、外部光が混入しないような結像媒体上に設けられるものであるから、外来光等の影響は低減され、また、明らかに陰極線管上に画面を再現する必要がないから、装置の小型化が可能であり、結局、本件発明の上記作用効果は、引用例1の第2実施例が奏する作用効果と同じものである。

以上のとおり、審決は、引用例1の第2実施例の解釈を誤り、その結果、本件発明の進歩性について誤った結論を導いたものである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であって、原告主張の審決取消事由は、いずれも理由がない。

1  取消事由1について

審決が、引用例発明1の第2実施例の技術内容を誤認したことは認めるが、このことは、後記のとおり、本件発明の進歩性についての審決の判断に影響を与えるものではない。

2  取消事由2について

(1)  引用例発明1の第2実施例は、視認による判定手段を開示したものではなく、その構成が、光学装置の焦点板(結像媒体)の表面における可動型の映像の所定部分と対応する領域に、輝度センサーを設定して、可動型の輝度を検出し、射出成形機の可動型における異常を監視するものであることは認める。

しかし、引用例1が援用する先願公報(乙第3号証)の記載から明らかなように、引用例発明1は、輝度センサーとしてCdsを用いて、これを射出成形される製品ごとに設けるものであり、その検出信号は、輝度センサーの抵抗値が入射光量に応じて変化することを利用して、射出成形される製品の明るさに対応する検出電圧により得られるものである。すなわち、このCdsは、受光面にあたっている光の量によって抵抗値が変化することを動作原理とするものである(乙第2号証の2)。

一方、本件発明は、ビデオ信号の一部を取り込んで積分処理するものであり、その撮像デバイスの1つであるCCD素子は、各画素ごとに形成された電極下に、入射光の量に対応して半導体基板中に誘起された信号電荷を蓄積した後、これを走査時に取り出すように動作するものである(乙第1号証)。

このように、CCD素子と、引用例発明1の輝度センサーとして用いられるCdsとは、像の明るさを電気信号に変換するという点で同一であるとしても、構造、動作原理、用途のすべての点において相違しており、引用例発明1の輝度センサーの検出信号は、「本質的に、伝送後に画面を再現するような情報はもっていない点、及び明るさの変化を検出するために積分処理をする必要がない点」において、本件発明のビデオカメラから得られるビデオ信号とは相違する。

したがって、本件発明の構成が、引用例発明1によって教示されているということはできない。

(2)  引用例発明2に、映像信号のうちの一部を積分処理する技術が開示されていることは認めるが、同発明は、映像信号の処理の仕方の1つとして、「映像信号のうちの一部の映像信号のみを積分処理する」ことに言及しているだけであり、このような積分手法を射出成形機に適用する場合にどのようにすべきであるかについては、具体的な説明の記載が全く見当たらない。引用例発明2に開示されている撮像装置における積分技術を、引用例発明1に開示されている射出成形機の監視装置に結合しようとする場合、引用例1又は2に、両者を結合させることの必要性についての示唆、教示などがなければ、当業者は、両者を直ちに結合しようなどとは考えつかないのが普通である。

したがって、審決が、引用例2~4に記載された技術について、「射出成形機の監視装置に適用することについては何ら記載されておらず、また、それを示唆する記載もない。」(審決書13頁19行~14頁1行)と判断したことに、誤りはない。

(3)  審決の認定する本件発明の特有な作用効果(審決書14頁6~12行)は、引用例発明1の構成によって得ることができないことが明らかである。

したがって、本件発明が、引用例1~4に記載されたものに基づいて、当業者が容易に発明することができたとすることはできないとする審決の判断(審決書14頁13~16行)に、誤りはない。

第5  当裁判所の判断

1  引用例発明1の誤認(取消事由1)について

審決の理由中、本件発明の要旨の認定、引用例1の記載事項の認定(審決書4頁15行~6頁7行)、本件発明と引用例発明1との一致点の認定(同10頁19行~12頁18行)は、当事者間に争いがない。

また、引用例発明1の第2実施例に開示された構成が、光学装置の焦点板(結像媒体)の表面における可動型の映像の所定部分と対応する領域に、輝度センサーを設定して、可動型の輝度を検出し、射出成形機の可動型における異常を監視するものであることも当事者間に争いがなく、このことは、引用例1(甲第3号証)及び先願公報(乙第3号証)からも認められるところである。

そうすると、被告の自認するとおり、引用例発明1の第2実施例は、視認による判定手段を開示したものではなく、そのモニター、ファインダーも、焦点板(結像媒体)の表面に輝度センサーを設けるときに位置を画定するために用いられるものであるから、審決が、「可動型の映像を結像媒体上に結像し、・・・その対応位置にモニター、ファインダー等を配し、・・・視認して・・・判定する装置」(審決書6頁9~18行)と認定したこと、「取り込む画像情報は『結像媒体の・・・対応位置に設けられたモニター、ファインダー等』から得られ、その出力は『・・・視認による判定』である」(同13頁5~9行)と認定したことは、いずれも誤りといわなければならない。

この審決における引用例発明1の誤認が、本件発明の進歩性の判断に影響を及ぼすか否かは、取消事由2において検討する。

2  進歩性の判断誤り(取消事由2)について

(1)  本件明細書(甲第2号証)によれば、本件発明は、陰極線管等に可視像を形成することなく射出成形機の可動型における異常を監視すること等を技術課題とするものと認められ、引用例発明1も、前示のとおり、この点を解決すべき技術的課題とするものと認められる。

そうすると、本件発明と引用例1の第2実施例とは、解決すべき技術的課題が共通するものであるが、監視領域の検出手段として、本件発明が、「ビデオカメラから送出されるビデオ信号のうち、当該ビデオ信号によって表される画像情報において所定の監視位置に所定の大きさをもつ監視領域に対応するビデオ信号部分を取り込み、当該取り込んだビデオ信号の積分値に対応するレベルを有する検出結果信号を出力する検出手段」(本件発明の要旨)を備えているのに対し、引用例1の第2実施例が、「光学装置の焦点板(結像媒体)の所定の監視領域位置にCds等の輝度センサーを配置することにより輝度を検出する検出手段」を設けた(このことは当事者間に争いがない。)点で、相違するものといえる。

(2)  審決が、引用例2に、「『C.C.D.撮像素子を用いたカメラとテレビジョン受像機を組み合わせて、カメラの全画面のうちの所望の区域のみの対象物を映出するようにした監視エリア表示装置を提案』(第1頁右下欄第8行乃至11行)、『C.C.D.撮像装置は、垂直シフトレジスタと水平シフトレジスタからの信号を受けて監視エリアの映像信号を出力端子に生ずる。即ち、たとえば垂直シフトレジスタの第1ステージに読出信号が記憶されており、また水平シフトレジスタの第2、第3、第4ステージに読出信号が記憶されているとすると、第3図に示すように、C.C.D.撮像装置の最上段の左から2.3.4の各画素P12、P13、P14の映像信号が、上記出力端子から順次生じる。映像信号は監視対象の明るさに比例した大きさを有する。出力端子から生じた映像信号は増幅回路で増幅され、比較回路に印可される。比較回路は設定器からの監視対象の正常時の明るさに対応して定められた設定値を受け、映像信号の大きさと比較し、この映像信号が設定値よりも大きく(或いは小さく)なったとき検知信号を生ずる。比較回路の検知信号はRAM等で構成されたエリア記憶回路に印加される。』(第2頁左上欄第15行乃至同右上欄第15行)、『この発明は設定エリア監視装置において、撮像装置の受像部をC.C.D.等の半導体撮像素子で形成することによって撮像信号をパルス走査と同期して得られるようにし、このパルス走査と同期した信号で、設定エリアを検出するので、長期間にわたって周囲条件に関係なく設定エリアを確実に検出できるとともに、映像信号を比較回路に印加して設定値と比較して映像信号が設定レベルを越えたとき(或いは設定レベル以下になったとき)信号を生ずるようにしたので監視エリアの対象物の状態変化や異常を自動的に検出でき、したがって、監視作業を省力化できる。』(第3頁右下欄第3行乃至15行)」(審決書7頁2行~8頁17行)と記載されていると認定したことは、当事者間に争いがない。

また、審決が、引用例2~4について、「監視対象の状態変化や異常を監視するため、所望の領域のビデオ信号のみを取り出し、当該ビデオ信号を設定値と比較して監視を行うこと、あるいは、各種画像情報処理を行うに際し、所望の領域のビデオ信号を積分することで雑音の低減や計測値のバラツキの改善を図ること、等が記載されている」(審決書13頁12~18行)と認定したこと、引用例発明2に、監視エリアの映像信号を積分処理して監視対象の明るさを検出する技術が開示されていることも当事者間に争いがない。

さらに、引用例2(甲第4号証)には、「予じめ設定されたエリアを監視する装置として、従来電子ビーム方式の撮像装置において、電子ビームの走査タイミングを、積分回路等のアナログ検出回路で検出し、この検出回路の出力に基づいて所望の監視エリアのみを他の背景に比べて高輝度で、すなわち明るく映出されるものがある。この従来装置においてはアナログ信号で監視エリアを検出するので、周囲条件の影響を受けやすく、したがって長時間にわたつて特定の所望の監視エリアを安定に保持することは困難であつた。発明者は、上記監視エリアの安定化を図るために撮像装置に半導体撮像素子を使用することを提案している。」(同号証1頁左下欄14行~右下欄6行)、「監視エリア表示装置は、たとえば生産ラインのうちの一部や、遠隔地に設置された制御盤のメータやパイロツトランプ等を監視するのに用いられるが、従来は監視エリアをテレビで映出し、人がこのテレビ画面を見て所定エリアの異常を監視していた。この発明は上述の半導体撮像素子を用いた監視装置において、監視対象の状態或いは異常を正確に、自動的に検知し得る監視装置を提供することを目的とするものである。」(同2頁左上欄3~12行)と記載されている。

これらによれば、引用例発明2の「設定エリア監視装置」は、生産ラインや制御盤等において、ビデオカメラから送出されるビデオ信号のうち、所定の監視領域位置に対応するビデオ信号部分を取り込み、当該取り込んだビデオ信号の積分値に対応して出力される検出結果のレベルと、上記監視領域ごとに設定された基準値とを比較して、複数個所の監視対象の状態あるいは異常を、自動的に判定するものであり、このことにより、監視作業を省力化できるとともに、ビデオ信号を積分することで計測値のバラツキの改善も図ることができるものと認められる。

したがって、引用例発明2は、本件発明と同様の、「ビデオカメラから送出されるビデオ信号のうち、当該ビデオ信号によって表される画像情報において所定の監視位置に所定の大きさをもつ監視領域に対応するビデオ信号部分を取り込み、当該取り込んだビデオ信号の積分値に対応するレベルを有する検出結果信号を出力する検出手段」を備えているものと認められる。

そうすると、可視像を形成することなく射出成形機の可動型における異常を監視すること等を技術課題とする引用例発明1において、その課題解決のために、引用例発明2の「設定エリア監視装置」に開示された、ビデオカメラを利用した複数個所の監視対象の異常を判定するための前示の構成を採用することは、当業者が、容易に想到できるものといわなければならない。

被告は、引用例発明2が、その積分手法を射出成形機に適用する場合ことについて、具体的な説明を記載しておらず、また、引用例発明1及び2に、両者を結合させることの必要性についての示唆、教示などがないから、当業者は、両者を直ちに結合しようと考えつかないのが普通であると主張する。

しかし、引用例発明2には、前示のとおり、生産ラインや制御盤等において複数個所の監視対象の異常等を自動的に検知するため、所定の監視領域に対応するビデオ信号部分を取り込み、取り込んだビデオ信号の積分値に対応した出力を行う検出手段が開示されており、この技術が、射出成形機の金型の異常状態を検出するための光学装置に使用できることは、当業者にとって、当然の技術常識と認められるから、被告の上記主張を採用する余地はない。

また、被告は、引用例発明1の輝度センサーとして用いられるCdsが、CCD素子と構造、動作原理、用途のすべての点において相違しており、また、引用例発明1の輝度センサーの検出信号は、伝送後に画面を再現するような情報はもっていない点及び明るさの変化を検出するために積分処理をする必要がない点において、本件発明のビデオ信号とは相違するから、本件発明の構成が引用例発明1によって教示されていないと主張する。

しかし、仮に、引用例発明1の輝度センサーが、ビデオカメラにおけるCCD素子を含むものでなく、この輝度センサーの検出信号が、本件発明のビデオ信号と相違するとしても、前示したように、引用例発明2には、監視領域に対応するビデオ信号の積分値を用いて監視領域の輝度を検出する技術が開示されているから、この技術を引用例発明1に容易に適用できることも、前示のとおりであり、引用例発明1と本件発明との相違に拘泥する被告の主張は、明らかに失当といわなければならない。

(3)  審決は、本件発明が、「『外来光等による雑音を低減することができ、一旦陰極線管上に画面を再現する必要をなくして装置の小型化を達成し得る。』という特有の作用、効果を奏するものである。」(審決書14頁8~12行)と認定する。

しかし、前示のとおり、引用例発明1の第2実施例は、視認による判定手段を開示したものではなく、光学装置において不可視像の輝度を検出するものであり、引用例発明2も、陰極線管上に画面を再現する必要がないことが明らかであるから、引用例発明1の第2実施例の光学装置として、引用例発明2のビデオカメラを用いて前示の構成とする場合、本件発明が奏する前示作用効果は、当業者が当然に予測できる範囲内のものと認められる。

(4)  以上によれば、審決の引用例発明1の第2実施例についての認定は誤りであり、この引用例発明1の第2実施例と引用例発明2とに基づいて、本件発明が容易に発明することができないとした審決の判断(審決書14頁13~16行)も、誤りというほかないから、審決は、取消しを免れない。

3  よって、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

平成7年審判第11874号

審決

神奈川県平塚市八重咲町19-9 103

請求人 柴田逸雄

東京都千代田区神田淡路町2丁目10番14号 ばんだいビル むつみ国際特許事務所

代理人弁理士 野口武男

神奈川県横浜市中区常盤町1丁目2番地

被請求人 シグマックス 株式会社

東京都渋谷区神宮前1丁目11番11-508号 グリーンファンタジアビル5階 田辺特許事務所

代理人弁理士 田辺恵基

上記当事者間の特許第1687878号発明「射出成形機の監視装置」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない.

審判費用は、請求人の負担とする.

理由

Ⅰ.手続きの経緯・本件発明の要旨

本件特許第1687878号発明(以下「本件発明」という)は、昭和58年8月13日に出願した特願昭58-148243号の一部を、昭和62年10月21日に分割して新たな特許出願としたものであって、出願公告(特公平2-38916号公報参照)後の平成4年8月11日に、その特許の設定の登録がなされたものである。そして、本件発明の要旨は、明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲第1項に記載された次のとおりのものと認める。

「型を締めた状態で成形材料を射出する第1の工程と、射出成形終了後上記型を開く第2の工程と、上記型によって成形された製品を突き出し処理することにより取り出す第3の工程とを作業工程として含む射出成形サイクルにおける異常を監視する射出成形機の監視装置において、(a)上記射出成形サイクルにおける上記射出成形機の上記型の周囲の作業状態を撮像するビデオカメラと、(b)上記射出成形サイクルに含まれる作業工程の進行を表すタイミング指令信号を上記射出成形機から受け、当該タイミング指令信号に基づいて、上記ビデオカメラから送出されるビデオ信号のうち、当該ビデオ信号によって表される画像情報において所定の監視位置に所定の大きさをもつ監視領域に対応するビデオ信号部分を取り込み、当該取り込んだビデオ信号の積分値に対応するレベルを有する検出結果信号を出力する検出手段と、(c)上記検出手段から出力される上記検出結果信号の上記レベルを上記監視領域ごとに設定された基準値と比較して上記作業工程における上記射出成形機の作業が正常であるか否かを判定し、当該判定結果を表す判定信号を送出する比較判定手段とを具えることを特徴とする射出成形機の監視装置。」

Ⅱ.請求人の主張

これに対し、請求人は本件発明の特許を無効とする、との審決を求め、その理由として、本件発明は甲第1号証(特開昭55-15830号公報)、甲第2号証(特開昭51-78123号公報)、甲第3号証(映像情報、12[15]産業開発機構(昭和55-9-10)p.39~41)、及び、甲第4号証(特開昭56-166680号公報)に記載されたものに基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、本件発明の特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるので、無効であると主張し、証拠方法として甲第1乃至4号証(甲第3号証にあっては、その表紙、目次、第39~52頁、及び、奥付)、並びに、参考資料1(特開昭56-98638号公報)、参考資料2(特開昭57-29438号公報)を提出している。

Ⅲ.甲第1乃至4号証、並びに、参考資料1、2の記載内容

上記甲第1号証には、「固定型と可動型とからなる射出成形用金型の可動型の映像を結像媒体上に結像し、この結像上に複数個の輝度センサーを配して成形品の突出し後の輝度を測定記憶し、この記憶した輝度を次回の突出し前および突出し後の輝度と比較して、可動型に成形品がすべてあることおよび全て突出されたことを確認するようにしたことを特徴とする金型監視方法。」(特許請求の範囲の欄)、「可動型3が前記所定位置(以下監視位置と呼ぶ)にあることを検出するために、位置検出用リミットスイッチ10が設けられ、可動型3が監視位置にある時ONして監視装置に監視指令の信号を送る。」(第4頁左上欄第3乃至7行)、「監視指令信号は型開き完了信号及び突き出し完了信号として成形機内部より取り出すことが可能」(第4頁左上欄第18行乃至動右上欄第2頁)、「6個のコア部の、ブラウン管上の像の上に、この像の輝度をそれぞれ測定する輝度センサーが取り付けられ、さらに成形品が引掛かる可能性のある突出しピンの部分の輝度を測定する輝度センサーが取り付けられている。(参照符号略)」(第4頁右上欄第10乃至18行)、「上記信号の処理と、正常、異常の関係を表にすると次のようになる。(表省略)」(第5頁右下欄第5行乃至第6頁上欄)、「実施例では輝度センサーが結像媒体上に結像した可視の映像上に配されているが、この映像をセンサーを設ける位置と対応した位置を見ることができるようにしたモニター、ファインダー、等の手段によって見ることができるようにすれば、必ずしも可視の映像上に直接センサーを設ける必要はなく、上記結像媒体上には可視像を見る必要がない。」(第6頁左下欄第20行乃至動右下欄第7行)の記載があり、これらの記載から甲第1号証には『固定型と可動型とからなる射出成形機の金型監視装置において、可動型の映像を結像媒体上に結像し、この結像上に複数個の輝度センサー、あるいは、その対応位置にモニター、ファインダー等を配し、型開き完了信号および突き出し完了信号を成形機内部より監視指令信号として取り出し、成形品の突出し後の輝度を測定記憶し、この記憶した輝度を次回の突出し前および突出し後の輝度と比較、あるいは、視認して、可動型に成形品がすべてあるか否か、および、全て突出されたか否かを判定する装置。』に係る発明が記載されていると認められる。

そして、甲第2乃至4号証、及び、参考資料1、2には以下の各記載がある。

甲第2号証:「C.C.D.撮像素子を用いたカメラとテレビジョン受像機を組み合わせて、カメラの全画面のうちの所望の区域のみの対象物を映出するようにした監視エリア表示装置を提案」(第1頁右下欄第8乃至11行)、「C.C.D.撮像装置は、垂直シフトレジスタと水平シフトレジスタからの信号を受けて監視エリアの映像信号を出力端子に生ずる。即ち、たとえば垂直シフトレジスタの第1ステージに読出信号が記憶されており、また水平シフトレジスタの第2、第3、第4ステージに読出信号が記憶されているとすると、第3図に示すように、C.C.D.撮像装置の最上段の左から2.3.4の各画素P12、P13、P14の映像信号が、上記出力端子から順次生じる。映像信号は監視対象の明るさに比例した大きさを有する。出力端子から生じた映像信号は増幅回路で増幅され、比較回路に印可される。比較回路は設定器からの監視対象の正常時の明るさに対応して定められた設定値を受け、映像信号の大きさと比較し、この映像信号が設定値よりも大きく(或いは小さく)なったとき検知信号を生ずる。比較回路の検知信号はRAM等で構成されたエリア記憶回路に印加される。」(第2頁左上欄第15行乃至同右上欄第15行)、「この発明は設定エリア監視装置において、撮像装置の受像部をC.C.D.等の半導体撮像素子で形成することによって撮像信号をパルス走査と同期して得られるようにし、このパルス走査と同期した信号で、設定エリアを検出するので、長期間にわたって周囲条件に関係なく設定エリアを確実に検出できるとともに、映像信号を比較回路に印加して設定値と比較して映像信号が設定レベルを越えたとき(或いは設定レベル以下になったとき)信号を生ずるようにしたので監視エリアの対象物の状態変化や異常を自動的に検出でき、したがって、監視作業を省力化できる。」(第3頁右下欄第3乃至15行)

甲第3号証:「小範囲の映像レベルの平均値を利用できる場合、画像に窓枠を設け、その内部の映像信号のみを積分することにより、S/Nの改善が行なえ、計測値のバラツキなどが改善される。」(第44頁左欄第28行乃至右欄第3行)、「2次元的な広がりをもち、不可視光領域も含む画像情報をもとに、各種の計測、検査、自動制御、パターン認識などが可能となってきた。」(第48頁左欄下から第18乃至16行)

甲第4号証:「撮像装置と、ビデオメモリと、前記撮像装置のビデオ出力を所定の時間間隔列で前記ビデオメモリに書き込む手段と、前記ビデオメモリから読出したビデオ信号と、前記撮像装置のビデオ出力とを比較して、両者の差が所定の値以上になる場合にアラーム処理を行う手段とを備えることを特徴とする物体の監視方式。」(特許請求の範囲の項)、「実施例では、差の絶対値回路の出力を単に第1のコンパレータに入力しているが、出力の大きさに応じてカウンタに入力しているが、出力の大きさに応じてカウンタの値を増やせば輝度変化の積分値を対象とした監視装置が可能になる。」(第3頁右上欄第5乃至9行)

参考資料1:「印刷物全体からの画像情報を一定画素数のブロック毎に積分処理する積分処理回路と、この積分処理回路で得られる標準用印刷物の積分処理データを記憶する記憶回路と、前記積分処理回路によって得られる今回データ及び前記記憶回路の標準データを比較する比較回路とを具え、前記比較回路の出力によって前記印刷物の良否を判定するようにしたことを特徴とする印刷物の検査装置。」(特許請求の範囲の欄)

参考資料2:「押出成形品をテレビジョンカメラによりその長手方向を真横にして水平位置に撮影し、該テレビジョンカメラから出力されるビデオ信号について、水平同期信号から一定時間後に該ビデオ信号に表われる明暗データを判別し、明又は暗を表わす特定信号の数をカウントし、特定の明暗をもつ水平走査線の数を押出成形品の外径長に換算して計測することを特徴とする押出成形品の外径寸法計測法。」(特許請求の範囲の欄)

Ⅳ.対比・判断

本件発明と上記甲第1号証に記載された発明とを対比すると、甲第1号証に記載された発明の『固定型と可動型とからなる射出成形機』は本件発明の「型を締めた状態で成形材料を射出する第1の工程と、射出成形終了後上記型を開く第2の工程と、上記型によって成形された製品を突き出し処理することにより取り出す第3の工程とを作業工程として含む射出成形機」に相当し、以下同様に、『型開き完了信号および突き出し完了信号を成形機内部より監視指令信号として取り出し』は「射出成形サイクルに含まれる作業工程の進行を表すタイミング指令信号を上記射出成形機から受け」に、『輝度』は「画像情報」に、『記憶した輝度』は「基準値」に、『比較して、可動型に成形品がすべてあるか否か、および、全て突出されたか否かを判定』は「比較して上記作業工程における上記射出成形機の作業が正常であるか否かを判定し、当該判定結果を表す判定信号を送出する比較判定手段」に、それぞれ相当する。また、甲第1号証に記載された発明において『可動型の映像を結像媒体上に結像』することからして、甲第1号証に記載された発明においても、本件発明の「ビデオカメラ」に相当する構成を有することは明らかである。

したがって、両者は「型を締めた状態で成形材料を射出する第1の工程と、射出成形終了後上記型を開く第2の工程と、上記型によって成形された製品を突き出し処理することにより取り出す第3の工程とを作業工程として含む射出成形サイクルにおける異常を監視する射出成形機の監視装置において、(a)上記射出成形サイクルにおける上記射出成形機の上記型を撮像するビデオカメラと、(b)上記射出成形サイクルに含まれる作業工程の進行を表すタイミング指令信号を上記射出成形機から受け、当該タイミング指令信号に基づいて、画像情報を取り込み、基準値と比較して上記作業工程における上記射出成形機の作業が正常であるか否かを判定し、当該判定結果を表す判定信号を送出する比較判定手段とを具えることを特徴とする射出成形機の監視装置。」である点で一致し、以下の点で相違する。

本件発明では、取り込む画像情報は「所定の監視位置に所定の大きさをもつ監視領域に対応するビデオ信号部分」であり、出力は「当該取り込んだビデオ信号の積分値に対応するレベルを有する検出結果信号」であるのに対し、甲第1号証に記載された発明では、取り込む画像情報は『結像媒体の結像上に配された複数の輝度センサー、もしくは、対応位置に設けられたモニター、ファインダー等』から得られ、その出力は『当該センサーの輝度、もしくは、視認による判定』である点。

Ⅴ.当審の判断

そこで、前記相違点について検討する。

甲第2乃至4号証には、監視対象の状態変化や異常を監視するため、所望の領域のビデオ信号のみを取り出し、当該ビデオ信号を設定値と比較して監視を行うこと、あるいは、各種画像情報処理を行うに際し、所望の領域のビデオ信号を積分することで雑音の低減や計測値のバラツキの改善を図ること、等が記載されているが、そのような技術を射出成形機の監視装置に適用することについては何ら記載されておらず、また、それを示唆する記載もない。なお、参考資料1、2にも、単にビデオ信号を用いて、印刷物の良否判定や寸法測定を行うことが記載されているにすぎず、射出成形機の監視装置に適用することについては何ら記載されていない。

そして、本件発明は、甲第1号証に記載された射出成形機の監視装置における輝度センサーに代え、上記のような構成を採用することで、『外来光等による雑音を低減することができ、一旦陰極線管上に画面を再現する必要をなくして装置の小型化を達成し得る。』という特有の作用、効果を奏するものである。

したがって、本件発明が甲第1乃至4号証に記載されたものに基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。

Ⅵ.むすび

以上のとおりであるから、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件発明の特許を無効とすることはできない。

よって、結論のとおり審決する。

平成8年3月1日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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